「前置き」
「ヒッチハイクをして一番得られたものは何ですか?」
もし誰かにそう聞かれたら、私は迷わずこう答える。
「メンタルが鍛えられること。」
むしろ「これに尽きる」と言っても過言ではない。
そのくらいヒッチハイクを一言で表すなら、
「ヒッチハイクはメンタルゲーム」
なのだ。
なぜ「メンタルゲーム」なのか
ヒッチハイクをやっていると様々な苦労がある。
しかし基本的には「新しい景色を見るワクワク」や「新しい人との出会いによる学びや経験」によって、道中では「苦労をしているしんどさ」を感じる事はなかった。
だがそんな中で「明確なしんどさ」を感じる瞬間がある。
それこそが
「目的地を書いたボードを持ち、声をかけてくれる人をただ待ち続ける時間。」
これは冗談抜きで楽しく無い。私にとって苦行の時間だった。
一番つらくて、一番面白くない時間
私にとってヒッチハイクの中で最も苦行だった
「目的地を書いたボードを持ち、声をかけてくれる人をただ待ち続ける時間」
は、最悪なことに
「ヒッチハイクをする以上、避けて通れない時間」
でもある。
正直に言えばこの「待っている時間」が一番面白くない。
「じっと待つだけなら別にいけるじゃん?」と思われる方もいるだろう。
しかし「ヒッチハイカーにとっての待ち時間」は、「あと何時間待てば終わり」という「ゴールが無い中での待つ行為」を求められるのであり、「終わりが無い戦い」なのだ。
基本的に仕事でもなんでも「終わり」や「ゴール」が見えるから頑張れるのが人間。
これが「いつかわからない」上で、「自分が出来る努力は基本的にない」となるとどうだろうか。
それこそがまさに「ヒッチハイク」なのだ。
車内でしか聞けない話
私はヒッチハイク最大の魅力は「乗せてくださった方との会話」だと思っている。
それは「普段なら絶対に出会わない人」や「違う人生を歩んできた人」から、仕事・価値観・人生経験・家族の話まで、さまざまな話を聞くことができるからだ。
よく考えてみて欲しい。
人生を生きていて「年齢も性別も全く違うかけ離れた人と深い話をする機会」がどれぐらいあるのかを。
しかも「初対面であるにも関わらず、車という個室で話す時間を貰うことができる」のだ。
これは本当に勉強になることが多いし、自分の世界や視野が本当に広がる。
経験したからこそ本気で伝えることが出来る。
もちろんヒッチハイクだからこその「目的地へ到着した時の達成感」や「初めて訪れる土地を歩くワクワク」はもちろんある。
でも何より「乗せてくださった方との会話」は、普通に生活していては絶対に得る事のできない視野や学びを取り込むことが出来るので、「今生きてるなぁ」という実感を嘘抜きで実感することが出来るのだ。
私が思うヒッチハイク最大の魅力は「乗せてくださった方との会話」。
だからこそその楽しみがいつかくると信じ続ける気持ちで乗り切るようにしていた。
日常へ戻れなかった
ヒッチハイクが終わった後は「虚無感」みたいなものに襲われることになった。
帰宅した翌日。
いつものようにパソコンへ向かった瞬間、
「もう日常に戻ってきてもうたんやな」
という実感がすごかったのを明確に覚えている。
それもそのはず「あまりにも非日常な経験」だったが故ではあるのだが、海外旅行から帰った時に感じるあの感覚とはまた違うなんとも言えない感覚だった。
このように
「乗せてくださった方との会話」をキッカケに得られる「あまりにも非日常な経験」
こそヒッチハイク最大の魅力なのだ。
苦労は苦労じゃなかった
歩くこと。寝不足。寒さ。疲労。
これらに共通しているのは「その瞬間は確かにつらい」ということ。
しかし冷静に考えてみれば、全てが「自分主導で手に入れにいった経験」だと言える。
その為、私の場合はこれらに対して
「あの時しんどかった。」
という記憶よりも、
「やって良かった。」
という気持ちの方が圧倒的に強く残っている。
ただ一つだけ違った
ただし一つだけ例外が。
それこそがすでに上でも言及している「車に乗せてくれる人を待つ時間」です。
こればかりは「やってよかった」という気持ちになれないというのが正直な感想。
今回ヒッチハイクをして分かったこととして、
平均して「車へ乗れるまで最低約1時間~2時間以上は必要」だということ。
つまり「ヒッチハイクは耐久戦」なのだ。
もちろんその待っている間はずっと人から見られ、ヒソヒソ話をされることだってある。
車に乗せる気はさらさらないのに、興味本位で話しかけられることもある。
基本的にはこちらが存在しないかのように完全に無視されることばかりだが。
人は思っている以上に助けない
ヒッチハイクをしていて感じたこと。
それはまさに
「人は思っている以上に、自分から行動を起こさない」
という現実だ。
行き先が同じ。車にも十分スペースがある。荷物も問題ない。
こんなにもヒッチハイカーを乗せる準備が整っていたとしても、車に乗せてくれる人は本当に少ない。
もちろん、理由は人それぞれ。
- 知らない人を乗せるのが怖い。
- 女性だから男性を乗せられない。
- 人と関わること自体が苦手。
その気持ちもよくわかる。
だからこそ「乗せない人が悪い」と言いたいわけではない。
だが実際に2日間真剣にヒッチハイクをした身としては、
「人は思っている以上に、自分から行動を起こさない」
もっといえば
「自分がわからないものや理解できないものへの行動力の欠如が顕著に見られる」
のだ。
解決策は「待つ」しかない
仕事であれば、対相手の場合に交渉ができる。
しかしヒッチハイクだけは違う。
最終的に必要なのは「相手の善意」だからだ。
こちらからお願いし続けることは現実的ではない。
なぜなら行き先が違う。知らない人を乗せるのが怖い。単純に嫌。
といった様々な理由が複合的に存在するから。
自分が把握しているものを、興味のある人に対してアプローチする通常の営業とはわけが違うのだ。
とにかくできることは一つだけ。
待つ。
ただそれだけなのだ。
だからメンタルが鍛えられる
この「ゴールの無い待つ行為」という時間が本当にきつい。
今回は相方がいたのでまだ良かったが、もし一人だったらと思うとゾッとする笑
- 存在を無視される。
- 寒い。
- 体力も削られる。
- いつ終わるか分からない。
- でも車に乗れなければ前へ進めない。
この状況を経験すると、自然とメンタルは鍛えられる。
一番の学び
もちろんこの「ゴールの無い待つ行為」は何度もヒッチハイクを経験すれば、そのうち慣れるのかもしれない。
私自身にとってこの経験から学んだことで一番大きかったのは、
「自分は何者でもない。」
ということを心から実感できたこと。
結局私は社会から見れば私は本当に小さな存在であり、多くの人にとっては赤の他人。
その現実を知れたことは、むしろ良かったと思っている。
「まとめ」
まとめると「ヒッチハイク」からは
・「乗せてくださった方との会話」をキッカケに得られる「あまりにも非日常な経験」
こそヒッチハイク最大の魅力。
・「人は思っている以上に、自分の知らない・わからないものに対して行動を起こさない」
・「自分は何者でもない。」ということを心から実感できる。
・「ゴールの無い待つ行為」という時間が本当にきつい。
といったことを学ぶ事ができた。
ヒッチハイクは「ただ知らない人の車に乗って移動する手段」ではなく、
人の優しさを知り、人間の現実も知り、そして何より自分自身と向き合う旅なのだ。
私は「ヒッチハイクをして一番得られたものは?」と聞かれたら、
迷わずこう一言で答える。
「メンタルです。」
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