📚 ヒッチハイクシリーズ
🏠 最初から読む(まとめ記事)

⬅ 前の記事:Part6

➡ 次の記事:Part8

本当の2日目、スタート!
「まともな」2日目のヒッチハイクがスタート。
三方原PAへ到着した時点でも意識が朦朧としていた私は、PA内のコンビニでレッドブルを一気飲み。
ある程度まともに会話を出来る状態にした私は、相棒と早速車を捕まえることにした。
ここで一つだけ言えるとすれば
「何事も全力投球しすぎるのは良くない」
ということ笑
朝からヒッチハイクをしてそのまま寝ずにクラブで爆飲大遊び。
まちがいなくこんな遊び方をするなら、いくら年齢が若くても寝ないと持たない笑
今回の旅で、
「宿を取る大切さ」
を身をもって学ぶことになったのだった。
なぜか安心できたPA
「三方原PA」は、京都を出発した時にヒッチハイクを始めた「桂川PA」と同じくらいの規模だった。
そのせいか「初めて来た場所なのにどこか親近感を感じる」ことに。
このおかげで、前日までの疲れは残っていたものの、精神的には少し余裕を持った状態でヒッチハイクをスタートすることができた。
やっぱり甘くはない
環境が整ったこともあって、
「ここなら今度こそ!」
そんな気持ちで始めたものの、現実はやはり厳しかった。
いくら「私達に声をかけやすい」「車に乗せやすい」環境が整った所で、そもそも車に乗せてあげようという人はそう簡単には現れない。
立っているだけでも体力を消耗する状態だったので、途中でアイスを食べたりしながら休憩し、モチベーションを保ちながら続けることにした。
そして「三方原PA」でヒッチハイクを始めて約1時間30分。
ついに一人のお父さんが声を掛けてくれた。
「浜名湖SAまでなら乗せるよ」
私達に声をかけてくれたお父さんは
「私も名古屋方面へ向かうんだけど、遠くまでは乗せられないんだよ。」
「でも、近くの浜名湖SAまでなら送れる。」
「ここのPAより大きいから、きっとそっちの方が捕まえやすいと思うよ。」
「それでも良ければ乗っていく?」
と声をかけてくれた。
もちろん答えは一つ。
「ぜひお願いします!!」
迷う理由なんてなかった。
車内でまさかの共通点
お父さんの後を追って車へ向かうと、運転席には女性がすでに乗っていた。
聞くとお父さんの娘だそう。
ここから「浜名湖SA」へ向けて、4人で30分ほどのドライブが始まることになった。
近い距離だったこともあり、乗車時間が短かったので、自ずと会話出来る時間も非常に少なかった。
しかし少しずつ会話をしていると、またしても驚く事実が判明する。
なんと
「運転席の女性(お父さんの娘)の弟さんが私達と同じ立命館大学に通っている」
というのだ。
俺らは立命館。行きに乗せてくれたお母さんの娘も立命館。娘の弟も立命館。
今回のヒッチハイクは、本当に立命館大学との縁が多すぎたよね😆
日本って広いようで、本当に狭い笑
なんというか「立命館大学に関わっている人の多くが、普段と違うことに挑戦したい」という人が多いのかもしれないとまで思った。
その立命館大学に通っている弟さんは野球をしていたそうで、その影響から車内では高校野球がずっと流れていたのが印象的だった。
若いうちしかできない
私達を乗せてくれたお父さんは全てを本音で話してくれる方だった。
それは言葉の節々で感じたのだが、その中でも一番印象に残っている言葉がある。
それは
「もし君たちがおじさんくらいの年齢やったら、たぶん乗せてへんわ。」
「若い青年やから乗せたんよ。」
というもの。
このシリーズを最初から見てくださった方であれば、「この言葉が京都から浜松まで送ってくださったお母さんが話していたことと同じ」だということにお気づきいただけたのではないだろうか。
このことから間違い無く言えるのは
「ヒッチハイクをする上で本当に大切なのは、若いうちに挑戦すること」
だろう。
もしこれを読んでくれているあなたが
・「年齢が10代、20台と若い」
・「ヒッチハイクをしたいと思っているけど、その勇気がでないからしていない」
というのであれば
「今やらないと車にそもそも乗ることができないよ!!!」
と強く言いたい。
浜名湖SAに到着!
話をしていれば30分なんてあっという間。
速攻で浜名湖SAへ到着することとなった。
ここは想像以上に大きなサービスエリアで
・とても広い
・屋台が立ち並んでいる
・犬の散歩をしている人が多かったりなど、単純にこの場所に居続けている人の量が多い
・浜名湖を一望できる景色が広がっている
・クルージングができる船着き場まである
などとても特徴的な場所だった。
私達を乗せたお父さんの言う通り、三方原PAで粘るより、間違い無く浜名湖SAに来たほうが車を止められる可能性が高いことを一瞬で悟ったのだった。
改めてここで乗せてくれたお父さんと娘さんの二人にはお礼を伝え、ここでお別れすることになった。
まずはサービスエリアを満喫!
ヒッチハイクを再開する前に、せっかくなのでサービスエリアを散策することにした。
相棒は屋台で販売されていた浜松名物の浜松餃子を購入。
一方の私は、モンブランアイスクリームに一目惚れして食べる事に。
結局、相棒も俺が美味しそうに食べるからという理由で同じモンブランアイスを購入して食べていた笑
こういう「予定外のサービスエリア食べ歩き」も「ヒッチハイクの醍醐味」だと思う。




浜名湖を眺めながらお腹を満たし休憩。
心も体も少しだけリフレッシュできたところで、再びヒッチハイクを始めることにした。
日本最大級のサービスエリアでも現実は甘くないお腹も満たし、浜名湖を眺めてリフレッシュ。
「これだけ大きなサービスエリアなら、さすがにすぐ捕まるやろ!」
そんな期待を胸に、再びヒッチハイクを開始した。
しかし……
現実は、まったく甘くなかった。
むしろ三方原PAより難しいのではないかと思うほど、誰にも声を掛けられない。
結局「どの場所でも車に乗せて貰う事が難しい行為」なのは前提として、
私なりにこのサービスエリアが難しいと思ったのには考えた理由は「人が多すぎる」という理由があった。
というのも「サービスエリアの規模が大きすぎる」が故に
「誰かが乗せてくれるだろう。」
「周りに見られてるし、ちょっと声を掛けづらいな。」
といった
「私が乗せなくても誰かが乗せてくれるだろう」という「集団心理が働いていた」
のではないかと「人の目線」や「動き」を見ていて思えたのだ。
実際、一人だけ話しかけてくれた人はいたものの、
「頑張ってね。」
程度の何気ない会話で終わってしまった。

みんな犬しか見てない(笑)。
プラカードを持って立っている私たちは、完全に空気だった😆
一時間後、ようやく声を掛けられる
ヒッチハイクを再開して約1時間。
「ここでも長くなりそうやな。」
そんな話を相方としていた時だった。
一人のお兄さんが声を掛けてくれた。
しかし、第一声が少し衝撃的だった。
「実は車、事故してボコボコなんですよ。」
「その影響でエアコンも壊れてて、車内めちゃくちゃ暑いんです。」
「それでも良ければ乗せますよ。」
年齢は私たちと同じくらい。親近感はある。
だがやたら「事故車である」ということを何度も説明してくる。
話し方も終始丁寧で静かであり、それが逆に少し恐怖を覚えることになった。
「この人は断ろうかな」なんて思ったのだが、ここで断れば次がいつ来るか分からない。
私たちは顔を見合わせ、
「お願いします!」
と乗せてもらうことにした。
想像以上に事故車だった
車まで行くと、お兄さんが事前に説明してくれていた通り、本当に前方が大きくへこんでいた。
「あ、本当に事故してる……。」
と恐怖が倍増したのが記憶に新しい。
だが車の前まで来た手前、もはや乗るという選択肢しか無かった。
というか「何時間待てば次が来るか分からない状況」は、「車に乗せてくれることへの恐怖」をかき消していたように思う。
ちなみに、このお兄さんと出会ってから、相棒と打ち合わせをすることは一切なかった。
それでも二人とも、
最後まで事故の理由だけは聞かなかった笑
なんとなく聞いてはいけない空気を感じたのである。
実際はものすごく優しい人だった
恐怖を感じていたお兄さんの車ではあったが、そんな心配は完全に杞憂だった。
本当に優しいお兄さんだったのである。
しかも当初は近くまでしか乗せてくれないと思っていたのだが、
結果的には「浜名湖SAから守山PAまでの約1時間30分」というかなり長い距離を乗せてもらえることになった。
古物が大好きな23歳
お兄さんは私たちと同じ23歳でフリーターだという。
高速道路を利用していた理由を聞くと、趣味である古物探しのためだったことがわかった。
ここでいう「古物」とは、古着だけではなく、昔の雑貨・家具・道具など、とにかく「古いもの」を指しており、それらを集めるのが好きなのだそうだ。
静岡を中心に、西は神戸、東は東京。
気になる物があれば、どこへでも車を走らせて買いに行くことを教えてくれた。
フリーターだけど、ただのフリーターじゃない
お兄さんの内情を聞くと、
「大学には通っていたものの途中で中退し、今ではフリーターをしている」
ということがわかった。
しかし「なんとなくバイトしている」という人ではなく、「これまでの人生で色々な挑戦をしている人」だということが判明した。
彼曰く、昔から動画編集が好きだったこともあり、現在はフリーランスとして映像関係の仕事をしているそうだ。
ある有名なラッパーのMV制作に関わった経験もあるらしい。
ただそのラッパーとはラッパー特有のコミュニティのノリが合わず、一度だけ仕事をして終わったという話も聞かせてくれた。
彼みたいなタイプは私の周りにはいない人間であり、どの話もすごく新鮮で面白かったことを覚えている。
乗せてくれた理由
そんな彼に、
「なんでヒッチハイカーを乗せようと思ったんですか?」
と聞いてみた。
すると返ってきた答えは意外だった。
「ヒッチハイクする人の気持ちを知りたかったから。」
というのも、彼の友人にもヒッチハイカーがいたらしく、その彼に「ヒッチハイクをやる理由」を真剣に聞いたがその考え方が理解できなかったそう。
だから
「実際にヒッチハイカーを自分が乗せて、その人達の考え方も聞いてみよう」
と思ったらしい。
以前にも大学生のヒッチハイカーを乗せたことがあるそうで、その時の話を聞いていると、彼は非常に生き生きと話をしてくれたのだった。
私はこれを聞いて「もはや趣味の一つになっている」ようにも感じた笑
「考え方」がどこか似ていた
彼が何より印象的だったのは、「彼自身の考え方」だった。
見た目・趣味・生き方など、何もかもが自分とはかけ離れていた。
しかし「物事への興味の持ち方」や「それに至る発想の仕方」が「どこか自分と似ている気がした」のを今でもハッキリと覚えている。
1時間30分の会話を全部書くと、とんでもない長さになってしまうので省略するが、
「発想のスタート地点」と、「最終的な結論」がよく似ていたのだ。
これに近い話はnoteの方で過去に記載したことがあるので、気になった方は以下のリンクから飛んで読んで欲しいと思う。
守山PAでお別れ
彼は私達と同い年だというのに、出会った時から別れるまで終始一度も敬語を崩さなかった。
どこかミステリアスで不思議な魅力を感じる彼との時間は本当に楽しく充実したものだった。
彼の目的地的にも都合が良かった守山PAで降ろしてもらい、
彼とはここでお別れすることになった。


まだまだ終わらない
守山PAへ到着した時刻は夕方6時。
寝不足のままここまで来ることができたものの、今晩までに帰宅したいという目的を叶えるのにまだ名古屋すら到着していないこの現状はなかなかに絶望的なものだった。
順調に旅が進んでいるようにも見えたこの「守山PA」でも、
私たちは改めて「ヒッチハイクの難しさ」を思い知ることになる。
📚 ヒッチハイクシリーズ
🏠 最初から読む(まとめ記事)

⬅ 前の記事:Part6

➡ 次の記事:Part8

関連記事
・後日談
・ヒッチハイクで最も得られたもの

・ヒッチハイクで最も気を付けるべきこと


