📚 ヒッチハイクシリーズ
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守山PAで立ちはだかった現実
守山PAへ到着したのが夕方6時。
この「夕方のご飯時」という時間帯が、私たちの選択肢を一気に難しくしていた。
今回の相棒の予定上、どうしても今日中に京都へ帰らなければならなかったこともあり、少なくともこの日名古屋に新幹線の終電があるまでには到着しなければならなかったのだ。
終電まで残された時間は限られている。
そのためこの時点で相方はかなり焦っていた。
まずは確実に終電に間に合うため
「ヒッチハイク以外で名古屋駅へ向かう方法はないか。」
二人でスマホを開き、必死に調べることにした。
バスという選択肢
調べてみると「守山PAの近くにはバス停があり、そこから一本で名古屋駅へ向かえる」ことが分かった。
しかしこれには問題が。
そのバス停は「守山PAの近くにある」といっても「徒歩30〜40分の距離」であり、そこに向かうためには、守山PAの外へ出る必要があった。
守山PAは徒歩で立ち入り出来るようなサービスエリアでは無い。
つまり
「PAの外まで送ってくれる車をまず探す必要がある」
→
「そこからさらに30〜40分歩いてバス停へ向かう必要がある」
という時間も労力も必要な難関ミッションだったのだ。
体力も時間も限界に近い私たちにとって、この選択はかなり悩ましかった。
二人が出した結論
しばらく話し合った結果、二人が選んだ答えはシンプルだった。
「守山PAで、名古屋方面へ向かう車を待とう。」
どちみちバスに乗るために守山PAを1度車に乗って出る必要があるのであれば、「車に乗る」という行為が必要なことに変わりはない。
「車に乗せて貰って、名古屋駅までとにかく目指す。無理なら名古屋駅まで電車で行ける駅まで乗せて降ろして貰う」
これしかないと判断したのである。
早速、サインボードに「名古屋駅まで!!」と大きく書き、車を待ち続けることにした。
嫌な予感
しかしこの時の状況は決して良くなかった。
日曜日の夕方6時過ぎ。
しかも、今まで訪れたPAの中で一番小さいサービスエリア。
当然ながら「停まる車自体が少ない」だけでなく、「停まっても車から降りてくる人がほとんどいない」という現状があった。
そんな様子を見て、相棒はポツリとこうつぶやいた。
「前に広島へ行った時と同じ空気やな……。」
以前、彼が友達と広島方面へヒッチハイクした際、約2時間30分車が捕まらなかったことがあったらしく、この時の状況はその時とまったく同じ雰囲気だというのだ。
今度は私が支える番
その過去の記憶と重なって、相棒は少しずつ落ち着きを失っていた。
ソワソワし始め、焦りが表情にも出ている。
そんな相方を励ませるのは、この場では私しかいなかった。
数時間前。
イオンから三方原PAへ向かう時、意識が飛びそうになっていた私を支えてくれたのは相棒だった。
だから今度は、私が支える番。
この旅を通して感じたのは、友達とヒッチハイクをする魅力は、「楽しい」だけではない。
極限状態だからこそ、お互いを助け合える。
そんな経験ができることも、大きな魅力なのだとここで感じることになった。
ようやく現れた救世主
日が完全に沈み、気温もどんどん下がっていく。
寝不足も重なり、体力だけでなく精神的にもかなり限界だった。
そんな状態で待ち続けること約1時間30分。
ついに一人の女性が声を掛けてくれた。
「名古屋市内までは行けないんだけど、途中の駅までなら送ってあげられるよ。」
その一言に、私たちはほとんど反射的に
「ありがとうございます!!」
と返事をしていた。
私達に声をかけてくれた女性と話し合った結果、送っていただく場所は「尾張一宮駅」に決まった。
この時点で時間的にも余裕を持って帰宅できることが決定。
安堵感でいっぱいだったことを覚えている。
息子にヒッチハイクを勧めるお母さん
この時私達を乗せてくださったのは、40〜50代くらいのお母さん。
テキパキとした話し方が印象的で、
「しっかりしたお母さんやな。」
という第一印象だった。
人に持つ直感的な第一印象というのはやはりすごく、「しっかりしたお母さん」というのは全く間違っていなかった。
というのも、「この日何をしていたか」という話をお母さんに聞くと、
午前2時に起床。→登山仲間と山へ登って下山→帰宅途中に守山PAで仮眠を取っていた
という流れだった。
すでに私達が到着している時点でお母さんもいたのだが、車で睡眠を取っていて気付かなかったというわけだ。
お母さんは目が覚めた時に私たちを見つけ、
「これは声を掛けなあかんな。」
と思ってくださったらしい。
お母さんが私達を車に乗せてくれたのには「大学1年生の息子さんがいる」ということが関係していた。
お母さんは普段から、
「大学生のうちにヒッチハイクしなさい。」
と息子さんへ何度も話していたそうで、
「息子にそう言ってる以上、私も乗せてあげなあかんと思って。」
そう笑いながら話してくれた。
「「人に対してこうしろ!」と指示するのであれば、自分自身が有言実行する」
この姿勢がとても尊敬できたことを今でも印象に残っている。
息子さんが目指す夢
お母さんの息子さんは現在「CA(客室乗務員)」を目指しているという。
男性CAはまだまだ人数も少なく、決して簡単な道ではない。
それでも挑戦している理由を聞くと、息子さんが「幼い頃から一つのことに夢中になるタイプだった」ということが関係していることがわかった。
昔は「イルカ博士になりたい!」と言うほどイルカが大好きだったらしく、誰よりも詳しいレベルまで調べ上げていたその「一つのことへ一直線に突き進む性格」が今は「CA(客室乗務員)」に向いているのだとわかった。
息子さんがCAを目指した理由
この時乗せてくれたお母さん、その旦那さん共に、どちらも医療業界で働いているということが話を聞いていてわかった。
お母さんは看護師。旦那さんは介護士。
そんな家庭で育ちながらも、息子さんはまったく違う道を選び、「CA(客室乗務員)」を目指している。
もちろん親として心配はある。
それでも、
「本人がやりたいことなら応援したい。」
そう話す姿がとても印象的だった。
一方で、息子さんは「一つのことに熱中すると周りが見えなくなりすぎるタイプ」でもあるらしい。
だからこそ、「もっといろんな景色を見てほしい。」
そんな親心もあると話してくれた。
「それは無いものねだりですよ」
その話を聞いた私は、思わずこう答えた。
「いや、お母さん。それは無いものねだりですよ(笑)。」
私からすれば、一つのことに夢中になれる才能が本当に羨ましい。
私の場合は興味が薄く広く分散し、何を自分がしたいのかが全くわからない状態で生きてきたからこそ、「これがやりたい!!」と明確に道が決まっている人に対して、憧れと尊敬の念を抱いているのだ。
この事実を伝えると、お母さんは嬉しそうに笑いながら、
「息子さんがどれだけ一つのことへ集中する人」なのか、
そして「なぜCAを目指すようになったのか」を詳しく話してくれた。
想像以上にすごい息子さんだった
結論から先に伝えると、息子さんは
「天才なんちゃう?」
と思うくらい優秀な人だった。
高校時代には「県内上位3位までに入れば海外留学へ行ける制度へ応募」し、「アメリカやイタリアなど複数の国への留学権を次々と獲得」したそうだ。
まずこの時点で頭が良すぎる笑
しかしこの権利を獲得したのもつかの間、直後に新型コロナウイルスが流行。
せっかく掴んだ海外留学のチャンスは、すべて白紙になってしまった。
海外へ行けなかった悔しさ。
その経験が、逆に息子さんの大きな気持ちに火をつけ
「世界と関わる仕事がしたい。」
という現在のCAという夢につながったのだそうだ。
親子の関係が本当に素敵だった
ここでのお母さんの会話は非常に特徴的。
というのも、駅へ向かう約1時間の道中、ほとんどの時間がお母さんの息子さん自慢話だったからだ笑笑
しかし、全然嫌な気持ちにはならなかった。
むしろ「本当に息子さんのことが大好きなんやな。」という気持ちが伝わり過ぎた時間だったと言える。
私はこの話を永遠と聞き続けるなかで、
「いつか、自分も親にこんな風に自慢してもらえる息子になりたい。」
自然とこのような気持ちがわき上がっていくのだった。


尾張一宮駅に到着
約1時間弱のドライブを終え、私たちは尾張一宮駅へ到着した。
ここまで乗せてくれたお母さんへ改めてお礼を伝え、ここでお別れ。
車を降りると、すぐに走り去ってしまったこともあり、少し寂しい気持ちになったのを覚えている笑
ヒッチハイクでは毎回思うことだが、
「数時間前まで知らなかった人なのに、別れる時には不思議と名残惜しさを感じる」
というこの感情は目に見えない「愛情」という感情を手に取っているかのように感じるのだった。
冬を感じた駅
「尾張一宮駅」は、想像していた以上に大きな駅だった。
この時期は冬ということもあり、駅前ではイルミネーションがきれいに輝いていた。
その景色を見ながら、「もう冬やなぁ。」としみじみ実感。
そして同時に、
「今年はイルミネーションを女の子と歩かなあかん!!」
なんて自分に決意するレベル。笑
帰ることがこの時点で確定したこともあって、気持ちに大きな余裕ができていたのだった。
この「気持ちの余裕」は「静岡の浜松から、名古屋の中心へ近づいてきた」ことを感じられる一方で、「名古屋にいることができる時間があまりない」ことにも少しもどかしさを感じるキッカケになっていた。
本当であれば、ここでの「尾張一宮駅」のように偶然立ち寄った街を散策するのもヒッチハイクの楽しみの一つ。
絶対に自分一人では降りないような場所で降りる機会なんてヒッチハイクでしかないからだ。
でも今回は時間制限あり。探索は諦めるしかなかった。
ついに名古屋駅へ
尾張一宮駅からは、寄り道をすることなく電車へ乗車。
すぐに名古屋駅へ到着することができた。
ここまで来れば、あとはいつでも新幹線で京都へ帰れる。
ようやく安心できる状況になったので、朝までガッツリ遊べるほど時間に余裕があるわけではないものの、終電までの残された時間ですぐに帰るのではなく、名古屋駅周辺を少し散策してみることにした。
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