人生初のヒッチハイク Part3

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普通のお母さんじゃなかった

改めて。

「東京までであればどこであっても降りられることが確定した」私達は、目的地が何も決まっていないままではあったが、滋賀県で降りることなく東京方面に車を走らせ続けていた。

こうなると車内では本当に様々な会話を心置きなく続けることになるのは自然の流れ。

車内では本当にいろいろな話をしたが、その中でも特に印象に残っているのが「お母さん自身の人生について」だった。

話が長くなるので割愛して記載するが、以前お母さんは市役所で働いていたそうだ。

しかし、ある時ふと自分の人生を振り返り、こんなことを考えたそうだ。

「このままの自分でいいのかな。」

人生100年時代と言われる現代。

今の年齢は、まだ人生の折り返し地点にも満たない。

娘も成長し、自立し、親としては一つの区切りを迎えた。

だからこそ、

「このまま何の刺激もない生活を続けるだけの人生なんて嫌だ。」

そう思い、長年勤めていた市役所を辞める決断をしたという。

「落ち着く」のではなく、新しい挑戦へ

多くの日本人は40代、50代になると、

「そろそろ落ち着きたい。」

「安定した生活を送りたい。」

そう考える人が多いと思う。

しかし、お母さんはまったく逆だった。

「このまま何となく生きていく人生なんて嫌。」

その思いから、今では日本各地のボランティア活動だけでなく、国連関係のボランティアにも積極的に参加しているそうだ。

友人からは、

「あんた、そろそろ落ち着きなさい!」

と言われることばかりらしい😆

でも、お母さんの話をここまで聞いていると、

「それは確かに言われるわ(笑)。」

と、私も思わず納得してしまった。

東京へ向かう本当の理由

前述した通り、今回のお母さんの一番の目的は「東京で娘さんと合流すること」。

しかし話を聞いていると、東京に行く理由はそれだけではなかった。

それは、今現在メインの仕事にしている「日本各地のボランティア活動」。

神奈川県・鎌倉で行われるボランティア活動に参加するためだったのである。

ここまで読んでくださったならもうおわかりだとは思うが、私達は「圧倒的に人間ができすぎた立派なお母さんに偶然巡り会うことができた」のだった。

後日お母さんから送られてきたボランティア風景の写真。
今回は鎌倉の海辺でゴミ拾いのボランティアだったそうだ。

本当に行動力のある人だった

お母さんの話を聞けば聞くほど、素直に尊敬する気持ちが大きくなっていった。

そして改めてここで感じたのは「私自身に海外の縁がある」ということ。

現在働いている場所が外国人を接客するロックバーという点はもちろん、立命館大学で出会って仲良くなった多くの人々がグローバルに活躍している人たちばかりというなど。

もちろん偶然なのだろうが、本当に不思議な縁を感じてならないなと。

もちろん日本の方でも思うのだが、グローバルに活躍するような人々と出会うたびに、

「もっと自分も頑張らないとな。」

と思わせ続けて貰えている。

このような出会いこそ旅の魅力だと言えるだろう。

気付けば静岡県へ

お母さんと親友の3人で話をしていると、道中でジュビロ磐田のバスを発見した。

「あ、静岡まで来たんや。」

やっと静岡に来たと実感した瞬間だった。

とにかく、この車内ではしゃべり続けた。

本当にしゃべりっぱなし。

喉がカラカラになるほど話していたのだけは鮮明に記憶として覚えている笑。

あっという間の6時間

道中では本当にさまざまな話をした。

そこで話したすべての内容を書こうと思うと、それだけで数万字の記事ができてしまうくらいだ。

京都から静岡県・浜松市までは約6時間の長旅。

しかし、不思議なことに体感時間は2時間ほどしかなかった。

それほど会話が楽しく、時間が経つのが本当に早かったのである。

途中で立ち寄ったのは養老サービスエリアでのトイレ休憩だけ。

ほぼノンストップで、目的地まで向かうことができた。

行き先は道中で決めた

前述していた通り、この旅に出発した時点ではこの日の目的地を明確には決めていなかった。

というのも、ヒッチハイクでは「どこまで乗せてもらえるのか」がまったく分からない。

そのため、「名古屋方面まで行けたらいいな」くらいの漠然とした計画しか立てていなかったのである。

しかし、お母さんとの出会いによって状況は一変した。

「東京までならどこでも送るよ。」

その一言のおかげで、私たちが候補にしていた場所はどこでも行けることになった。

そこで相談した結果、今回の旅の目的地を静岡県・浜松市に決定。

私達の限られた時間内で満喫することを考えた場合、浜松が正解ではないかと結論づけたのだ。(二人とも浜松には一回も行ったことが無かったしね!)

この大事な作戦会議も、養老サービスエリアで行われた。

その様子を見ていたお母さんは笑いながら、

「あんたら、ノリで生きてるなぁ!(笑)めちゃくちゃやな(笑)」

と言っていた。

……いやいや、お母さん。

私たちからしたら、お母さんが一番ノリで生きてますから!(笑)

養老サービスエリアでお母さんに写真を撮って貰った。
それにしても、このサービスエリアは驚くほど外国人観光客が多かった。
あ!ちなみに俺ら服の色を合わせたわけじゃ無いからね!ほんとたまたま上下逆のペアルックになっただけなんよ😆

五平餅でひと休み

養老サービスエリアでは、トイレ休憩だけではなく、せっかくなので五平餅も食べることにした。

久しぶりに食べたけれど、やっぱり美味しい。

少し独特な味噌ダレも最高だった。

こういうご当地グルメを気軽に楽しめるのも、サービスエリアの魅力だと思う。

予定より3時間も早く到着

気付けば、目的地である静岡県・浜松市に到着。

本来なら「夕方9時か10時くらいに着けば十分成功だな」と考えていた。

しかし結果はというと……

まさかの夕方6時に到着。

約3時間も早く目的地へ着いてしまうという、嬉しいハプニングが起きた。

人生初のヒッチハイク。

しかも、最初に声を掛けてくださった方が、そのまま目的地まで送ってくださるなんて。

正直、出発前にはまったく想像していなかった展開だった。

本当にありがとうございました

お母さんは私たちを浜松駅近くまで送ってくださった後、近くの駐車場へ車を停め、新幹線で東京へ向かうことになった。

ここで、お母さんとはお別れ。

短い時間だったはずなのに、本当に濃い時間を一緒に過ごさせていただいた。

予定まで変更して、私たちを浜松まで送ってくださり、本当にありがとうございました。

直接連絡でも感謝をお伝えしましたが、この場でも改めてお礼を申し上げます。

私達を運んでくれた今回の旅の主人公であるお母さんとの写真。
本当に最高の旅になりました!ありがとうございます!!

人生初のヒッチハイクで、最初に出会ったのがお母さんで本当に良かった。

この出会いのおかげで、最高の旅のスタートを切ることができました。

本当にありがとうございました!

こうして世話になったお母さんと別れた後は、人生初めての浜松駅を相棒と一緒に散策することになるのだった。

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